「ねぇ。青年。アスベル坊っちゃんが可哀想って、青年は思わないの?」
「……は、いきなり何いってんだおっさん。」
「……分かってるくせに。青年がつけたアスベル坊っちゃんの傷のこと。……もう包帯じゃ隠せないぐらい酷いの。いい加減……そろそろやめてあげなよ」
「……はー、またその話かよ。おっさんも大概しつこいんだな。いつもは無関心装ってるくせに」
「言いたくもなるわよ。だって……」



レイヴンは他人の関係に口を出すようなことは滅多にしない。シュヴァーンとしての任務をこなす際に感情を殺す術を身に付けていたからであり、また自分も人のことを言えた立場ではないからである。だけれど、そんな彼でもユーリほどではないという自覚はあった。

彼、ユーリ・ローウェルには愛しく思っている人物がいた。フレンの部下であり、また、ラント領主という地位を持つアスベル・ラント……まさにその人だ。
ユーリ・ローウェルは狼のような男であった。自分が目につけた光りものは所有印をつけなくては気がすまない……
不幸なことにそんな独占欲の塊のような男に愛されてしまったアスベルは、その男によって身体の隅々、そこらじゅうを噛まれるのだ。顔、首、腕、指……挙げ句の果てには足や太ももにさえ噛み痕がある始末。それに気づいた仲間の面々は、ユーリに向かってアスベルを傷つけるのはもうやめろ、いい加減にしろ、と口々にそう訴えかけるのだが、その度にユーリは 無視を決め込むか、激昂してアスベルへの暴行を加えるかのどちらかしかないのだ。


「これじゃあ、欲しいものをねだる子供と同じじゃないか!」



一度ユーリの親友であり、アスベルの上司であるフレンがそうユーリを殴り付けたことがあった。その時ユーリはただただなにも言わずに自分の部屋に戻っていき、その日はそのまま何事もなかったかのように流れた……のだが………その次の日は……最悪だった。



「アスベル……!!その右目は………」



アスベルの右目が無くなったのだ。何故、とか、どうして、とか、そんなちっぽけな疑問を持つことは逆におかしい。アスベルにこんな仕打ちをする人間はここには一人しかいないから。ユーリはフレンに殴られたことにより右頬を赤くしながらも何故かやけに上機嫌に自分の右手に持った小さな小瓶を眺めていた。その小瓶の中には小瓶より少し小さい丸い物体……青く光るそれに、仲間の面々はユーリの行動をすべて理解してしまった。いや、理解させられてしまった。あぁ、遂にやってしまったんだ、と。やけにすんなりとその事実を飲み込むと、フレンは泣きながらアスベルに謝罪をした。僕の!僕のせいだ!僕のせいで君の右目は!

だけれど、アスベルはそんなことは気にもしないかのように、いつものままーーーー普段と何も変わらず「フレン隊長、俺に稽古をつけてください」と言ってのけたのだ。そのアスベルに残された左目は澄んでいるのにどこも見てはいなくて……壊れてしまったんだ、とフレンだけでなく、その場にいた全員が思った。


それからもユーリのアスベルに対する態度は変わらない。いつも通りアスベルを独占し、アスベルに噛みつく。仲間は最早何も言わない。何を言っても、何をしても無駄だと、わかってしまったから。



ーーーーだけれど、だけれど本当は、



「何度も言うけど……おっさん達には関係ねぇだろ。俺があいつに何しようがどうしようが……あいつ、全然嫌がんねーし」
「……関係大有りよ。嬢ちゃんが……あの優しいお姫様が泣くのよ……今だって、泣いてるの。でも泣いてるのは嬢ちゃんだけじゃない……もう、辛いのよ……あれじゃあ、坊っちゃん、青年にいつか……」
「そんなに辛いなら見なきゃいい話だろ?俺もその方が良いしな。あいつのことを見るやつは俺だけで良いし、あいつの瞳に映るのも、俺だけでいいんだよ。」
「青年……」


これ以上話を続ける気はないらしいユーリはひらひらと手を降ってその場を後にしようとする。レイヴンはそれを引き留めようとユーリの腕を掴むために手を伸ばしたーーーーが、ユーリはそれを見据えたかのようにくるりとレイヴンの方を振りかえって、そして、にこりと一度レイヴンに笑いかけた。その顔はまるで、


(……何て、顔してるのよ)



まるであの時のようなーーーアスベルの目を取ってしまった次の日のような、そんな表情だったのだ。レイヴンは背中に冷や汗をかくのを止めることができなかった。自分は取り返しのつかないことをしてしまったのではないか?そんな疑問が浮かんでは消えて……


もうレイヴンにはなにも言うことができなかった。ただ、ユーリの後ろ姿を見送ることしか、できなかった。



(……ほんと、歪んでいるわね、青年)




普通の愛しかたを知らないなんて、可哀想。
アスベル坊っちゃんはちゃんと青年のことを愛していたのに、ね。
そうじゃなければあそこまでやられて何も言わないなんて、おかしいじゃない。
それに気づけない、気づこうとしない青年は……本当に……本当に可哀想。
可哀想で……とても、惨めだ。




「……はは、ほんと、笑えないわ」




結局どちらも幸せになんてなれないのだから




幸せの黒色


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